青竹龍尾

パワプロ2018でOB選手を作ってます。

このブログについて。

このブログの予定は以下の通りです。

 

以下をパワプロ2018で再現選手を作ります。

 1954年の中日ドラゴンズ

 同セ・リーグオールスター+タイトルホルダー+α

 同パ・リーグ

 その他OB選手

 

とりあえずはこんなところです。

 

僕は毎日更新もしませんし、上記を完成させない可能性も十分にありますので、そこのところよろしくお願いします。

 

何か用があれば以下に

はるまき (@Harumaki_0924) | Twitter

 

 

 

中山裕章 (1988) 【パワプロ2018】

救援登板のみで規定投球回到達

リーグ最多の70試合に登板して10勝6敗24セーブ34セーブポイント防御率2.28の成績を挙げ、中日ドラゴンズ郭源治ロッテオリオンズ牛島和彦に並んで「プロ野球を代表するストッパー」とうたわれた。
同年は救援投手ながら規定投球回に到達する活躍を見せたほか、オールスターゲームでは第2戦・ナゴヤ球場(7月25日)、第3戦・東京ドーム(7月26日)と2戦連続で勝利投手となった。
同年は11月5日開幕の日米野球大会(読売新聞社主催)全日本メンバーに選出されたほか、11月19日に平和台野球場で行われたセ・リーグの第10回東西対抗戦東軍にも選出された。

 

1988年成績

2.28 10勝 6敗 24セーブ 70登板 142.2投球回 118奪三振

 

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球速

この年のは不明。高校時代の1985年と、1989年に記録した150。

変化球

Wikipediaに「中日時代は力のある速球に加えて「ストライクを取るフォークと空振りを取るフォーク」の2種類のフォークボールを武器に中継ぎ投手として活躍した」と書いてあるので。わざわざ「中日時代は」とあるのでこのときは違うかもしれないが、そんなに変わるものでもないかなあと。

残りの球種はカーブとスライダーがあるが、中日で復帰したときの発言がフォークとカーブにしか触れてなかったので、大洋時代にはあまり投げていなかったのかなと。

プロ野球データファイル」にこの年の活躍の要因にスライダーの習得を挙げている。

よってフォークも1種類で。

対ピンチB、緊急登板

「いきなりピンチで出てくるとクソ度胸があるのか妙にいいピッチングを演じて見せる」と2000年頃に書かれた中日ファンの個人サイトに書いてあったので。

こういうことはそうは変化しないし、防御率いいのでいいでしょう。

対左投手E

1996年に右.143左.303と左に打たれているので、苦手だろうと。ただ実際の数字が不明なので控えてE。

ノビC

防御率がいい速球派というだけ

回復A、回またぎ◯

130試合制で70登板140イニングとか、もはや壊しにいっているレベル。上記のサイトの表現を借りるとまさに「殺人的な起用」。事実翌年ケガして成績を落としている。

キレ◯

フォークの評価が高く、伝家の宝刀との表現があったので。あと防御率(ry

正直要らなかったかも

郭源治 (1988) 【パワプロ2018】

44セーブポイントを挙げ、MVPに選出

6月には1勝8セーブ、防御率0.00の活躍で初の月間MVPを獲得している。一方、7月21日に弟が交通事故にあい、オールスターゲーム第2、3戦の出場を辞退して見舞ったが同28日に亡くなっている。後半戦の開幕戦となった翌日、完投ペースの小松辰雄を替えてあえて登板させた星野から「弟が見ているぞ」と声をかけられて奮起し、涙を流しながら後続をパーフェクトに抑え、翌日以降もリリーフエースとしてチームを支えた。リーグ優勝のかかった10月7日の対ヤクルト戦では最後に秦真司から三振を奪い、胴上げ投手となった。同年は7勝37セーブの44セーブポイントを挙げ、石本貴昭と山本和行の従来のシーズン記録・40SPを更新した。
西武ライオンズとの日本シリーズでは第2戦で同点の7回表から登板し、走者を出さずに3イニングを抑えて勝利投手となった。第5戦では直前に登板した小松が不調で予定を早めて7回から登板したが、9回に石毛宏典に同点ソロ本塁打を打たれ、延長11回に決勝点を奪われて敗戦投手となっている。このシリーズでは優秀選手に選ばれた。オフには240票中227票の1位票を集め、MVPに選出されている。11月15日には中華民国棒球協会の招待で中日が台湾に遠征し、これに合わせて自身の半生を描いた映画・『郭源治物語』が同地で公開されている。2日間で2試合を台湾代表と行ない、郭は第1試合は中日側、第2試合では台湾側で出場している。記者会見には地元のマスコミ100人以上が集まり、外交部による歓迎パーティーも開かれるなど高い関心を持たれた。契約更改では年俸9,300万円+タイトル料1,000万円(推定)となっている。

 

1988年成績

防御率1.95 7勝6敗 37セーブ 61登板 111投球回 94奪三振

MVP 最優秀救援投手 月間MVP ファイアマン賞

 

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スタミナ

抑えにしたは高めに、リリーフのみなので郭源治にしては低く

フォーク

動画見てて、フォークがよく分からなかった。DeNA山崎康晃投手みたいにシンカー=フォークなのかなと。

シュート

プロ野球データファイル」に右打者に対してはシュートを投げていたとある。

対ピンチB

失点が少ない

ノビB

まあ要るでしょう

球速安定

リリーフなら普通なのかもしれないけど、常時145超えだった。先発の時も割とそんな感じだった

やっぱ要らないかなと

回またぎ◯

スタミナ低めにしたのでいいでしょう

サヨナラ男

5月13日の対巨人戦で槙原寛己投手からサヨナラ2ラン本塁打 

 

伊東昭光 (1988) 【パワプロ2018】

リリーフのみ、規定投球回数未到達で最多勝
本田技研在籍時の1984年にエースとしてロサンゼルスオリンピック野球日本代表に参加し、金メダルを獲得する。1985年の日本選手権では本田技研の初優勝に貢献し、自身は4試合で完投し、防御率0.79の好成績を残し、MVPを獲得。1985年のドラフト会議でヤクルトスワローズから1位で指名されたことを機に、入団へ至った。担当スカウトは片岡宏雄で、背番号は18。 
1年目の1986年から一軍の先発ローテーションに入ると、1987年には、一軍公式戦でチームトップの14勝を挙げた。
1988年には、故障の高野光に代わってクローザーに抜擢されると、この年開場した東京ドームでの開幕戦で一軍初セーブを記録した。以降は、オール救援で18勝を挙げるとともに、オールスターゲームへ出場。シーズン終了時点で規定投球回数を下回っていたが、規定投球回数を上回った小野和幸中日ドラゴンズ)と共に、セントラル・リーグ最多勝利のタイトルを獲得した。規定投球回数未到達の投手がこのタイトルを獲得するのは、同リーグ史上初めて。規定投球回数に到達した投手と未到達の投手が、同じタイトルを獲得することも異例であった。
1989年は先発へ復帰。自宅の階段で転倒して足を骨折した。翌1990年も、右肩の故障で未勝利に終わった。
1991年には、プロ入り後初めて、一軍公式戦への登板がなかった。しかし、1992年に7勝を挙げて復活。10月10日の対阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)でチームのリーグ優勝をマウンド上で迎えたほか、シーズン終了後にカムバック賞を受賞した。1993年には、チームトップの13勝を挙げて、チームのリーグ連覇と15年振りの日本シリーズ制覇に貢献した。
1994年以降は、先発と救援の役割を兼ねながら、一軍の投手陣を支え続けた。しかし、1996年5月17日の対読売ジャイアンツ戦で、吉村禎章の打球を利き腕の右手で止めた際に骨折(記録は併殺)。全治2ヶ月と診断されたため、戦線離脱を余儀なくされた。さらに、骨折の影響で右手の握力が著しく低下。結局、1998年限りで現役を引退した。

 

1988年成績

防御率3.15 18勝9敗 17セーブ 55登板 122.2投球回 72奪三振

最多勝

 

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球速

動画で確認。1993年に146を記録してるから146でもよかったかも

変化球

公式などフォークがよくついてるが、フォークは苦手で、チェンジアップを投げていたらしい。それはネットにシンカーチェンジアップと書いてあったのでサークルチェンジ

公式はカーブだが、スライダーがメインとの情報がほとんどなので間をとって。あと動画見たらスライダーが遅くてカーブぽかった。

シュートはストレートがシュート回転してるのかどうかわかんなかったけど、投げていたらしいし、公式にもあったので。

いつのことかは不明だが、「プロ野球データファイル」にスライダーが投球の6~7割でシュートとチェンジアップを5%ずつ投げていたと書いてあったので上記の配分で、変化球中心を追加。スライダーは「やや捻りを入れた大きく曲がるもの、小さく滑るもの、小さく縦に変化するもの」の3種類投げていたようだ。

対左投手F、シュート回転

ストレートがシュート回転して、左打者が苦手だったらしい

打たれ強さB

打たれてものらりくらりと抑えてたらしい

勝ち運

勝利の星ですら再現できないレベルだが、金特は個人的に付けたくないので

回またぎ◯

40回が回またぎ、そのうち16回が3イニング以上。さらに最長6イニング投げている

門田博光 (1988) 【パワプロ2018】

不惑の大砲

説明不要!

 

1988年成績

.311(447-139) 44本 125打点

MVP 本塁打王 打点王 ベストナイン

 

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デフォにあるので変更点を

ミート

自分の査定基準だとこう。特能増やしたしいいでしょう。パワーはたまたま同じになっただけ。

ケガしにくさE

この年は全試合出場だが脱臼などケガは多いので

走塁E

イメージ

満塁男

満塁時成績不明。あってもいいかもね。

固め打ち

猛打賞リーグ2位の14回

粘り打ち選球眼

BB/K1.20、BB%17.6

併殺

13併殺。130試合だし、打数少ないからね

 

山本昌広 (1988) 【パワプロ2018】

スクリューを習得し、優勝に貢献

皆さんご存知山本昌の若かりしです。(このときはまだ山本昌ではないが)この年はわずか1ヶ月で初勝利を含む5勝を記録して優勝に貢献。22年後にも似たようなことをするのですがそれは別の話。

 

1988年成績

防御率0.55 5勝0敗

 

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球速

144でたとデータルームにあるが、後年記録した143が自己最速らしいので、遅く

変化球

カーブも武器の一つだが、1989年オフに習得したらしいのでなしのほうがぽいかなと。スライダーとシュートもよく分からないが投げてはいたので。

対ピンチC

防御率が良すぎるので。イニングが少ないから抑えめに。

逃げ球

48.2回投げて被本塁打はわずか1本。

 

あとは公式のを。イニング少ないから下げたりはした。

 

 

ベン・オグリビー (1988) 【パワプロ2018】

メジャーリーグ本塁打王と言う肩書きを引っ下げ、1987年に近鉄バファローズに鳴り物入りで入団。来日38歳と選手としては高齢な事から衰えを心配されたが、2年連続3割、本塁打20本と安定した成績を残し、一定の存在感を示した。
1988年シーズン限りで退団、最終対ロッテ戦ダブルヘッダー(10.19)が最後の公式戦となった。10.19で優勝を逃した後、祝勝会になるはずだった残念会の会場に姿が見えないためスタッフが探したところ、ホテルのトイレに身を隠して涙をこぼしていたという。退団後はメジャー復帰を目指すものの、昇格することなく現役を引退。

15年以上にわたってメジャーリーグの第一線で活躍、本塁打王を獲得し、オールスターゲームにも3回出場した名選手である。しかしオグリビーはその輝かしい実績を全くひけらかさず、野球に対しての真摯な姿勢と全力プレーでファンやチームメイトに愛された。また、1988年5月12日の対ロッテ戦でサヨナラホームランを打った際にはしゃぎながら塁を回ったが、インタビューで「つい興奮してガッツポーズをとったが投手に失礼なことをした。あやまりたい」とコメントするなど、非常に真面目で紳士的な人柄でも知られた。

この誠実な性格で日本人の同僚達からの信頼も厚かった。オグリビーが自分のミスで試合に敗けて落ち込んでいたところ、金村義明村上隆行などといったチームメイトに風呂に投げ込まれ、お湯を掛け合うなどしてはしゃぎ、励まされた。「メジャー時代でも白人と黒人が一緒にお風呂に入る事など無かったのに」と言い感激していた。またその際、あまりの嬉しさに浴槽の中で泳いでいたという。

 

1988年成績

.311(392-122) 22本 65打点

 

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 広角打法

よく分からないけど、メジャーの本塁打王なんでね、なにかしらほしいかなと。弾道4もねそういうこと

粘り打ち選球眼

三振率.0995と低くBB/Kはなんと1.385

走塁E積極走塁

決して足が速いとは言い難く失敗も多かったが、積極果敢な走塁を行うことで知られた。特に内野ゴロでも全力疾走を欠かさない姿勢は、ファンから愛される要因のひとつであった。 とのこと

併殺

13本は微妙だけど、打数少なめなのでね

 

2年で36試合に欠場してるのがケガかどうかが気になる。単に休んでいるだけかもしれないけど。