4月は打率2割台前半と低迷したが、5月5日に猛打賞で3割を超えるとその後は好調を持続。オールスターゲーム第3戦で史上4人目の先頭打者本塁打を放ち、優秀選手賞を受賞した。9月1日の対南海戦からは不振のビル・マドロックに代わって4番を任された。
また、シーズン終盤には松永浩美と首位打者を激しく争い、近鉄との10.19の試合前の時点で6試合を残して打率.3277となった。一方の松永はロッテとの3試合を残して.3234で、この日のダブルヘッダーでは7打数0安打以下ならば松永に逆転されるという状況で、監督の有藤通世からは「残り4試合あるが、この日でうちは終わりのつもりだから自分で首位打者を取れ」と言われてスタメンで出場した。第1試合では3打数0安打で打率を.3257まで下げ、4打席目には代打を送られている。第2試合では2打席目に安打を放って首位打者を事実上手中にした。さらに8回裏の4打席目に近鉄の優勝を打ち砕く同点ホームランを阿波野秀幸から放っている。これで打率を.3271とし、10回裏の5打席目では代打を送られている。
その後は高沢は打席に立たず、一方の松永は10月22、23日の対ロッテ3連戦に出場し、初戦の1・2打席目にヒットを放って打率を.3263まで上げた。このため、ロッテ投手陣はこの試合の第3打席以降、日本新の11打席連続四球と勝負を避けた。この結果、初の首位打者のタイトルを獲得し、最多安打も記録した。
1988年成績
.327(483-158) 14本 64打点
チャンスB
強いらしい。デフォあり
ケガしにくさF
この年はないけどケガが多いよね
固め打ち
猛打賞13回
バント◯
リーグ最多のバント安打7本。バント失敗はセーフティの1回きりで、犠打成功率10割
内野安打◯
リーグ2位の20本
初球◯、積極打法
浅いカウントでしとめる。初球◯はぽいから付けたけど、正直早いカウントはみんな高打率だからいらなかったかも
積極守備
一、二塁間を抜けた打球にチャージをかけ、素早く正確な送球で三塁で走者を刺すプレーを得意とし、「突貫小僧」という愛称があった。