青竹龍尾

パワプロ2018でOB選手を作ってます。

二塁手

佐々木信也 (1956) 【パワプロ2018】

プロ野球ニュース 湘南高校で夏の第31回全国高等学校野球選手権大会に1年生ながら出場し優勝。関東圏の高校が優勝したのは第2回大会の慶應普通部以来33年ぶりで、「深紅の優勝旗が箱根の山を越えた」と話題になった。監督の佐々木久男は彼の父親であった。後…

堂上直倫 (2019) 【パワプロ2018】

前半戦で自己最多の7本塁打 「尾張のプリンス」堂上直倫選手です。 今年は神主風打法に取り組み、前半戦で自己最多、チーム2位の7本塁打を放っています。後半戦はもっと出番が増えての二桁本塁打に期待。 2019年前半戦成績 .208 7本 20打点 OPS.731 守備適性…

正田耕三 (1988) 【パワプロ2018】

二年連続首位打者 1988年は春先に外傷性肩峰下滑液包炎を発症し、さらにこれがきっかけで同僚の高橋慶彦との間にトラブルが起きた。この肩痛のため5月12日から2週間にわたり一軍登録を抹消されたが、筋力トレーニングによるリハビリによって復帰。ともに2年…

福良淳一 (1988) 【パワプロ2018】

ザ・二番セカンド 1988年は読売ジャイアンツへ移籍した簑田浩二の後を継ぐ形で背番号が1に変更された。オールスターゲームに初めて出場し、7月30日の対西武戦では山根和夫からサヨナラ満塁本塁打を放った。同月は打率.328、5打点ながらこの本塁打が評価され…

宇野勝 (1988) 【パワプロ2018】

立浪入団で「二塁」宇野勝 1988年に立浪和義が入団すると前年のベストナインでありながら遊撃のポジションを立浪に譲り、ロッテに移籍するまで二塁手、三塁手としての出場が多くなった。同年の西武との日本シリーズでは全5試合に二塁手、五番打者として出場…

立浪和義 (2001) 【パワプロ2018】

シーズン終盤より三塁手としての出場が多くなる 2001年成績 .292(507-148) 9本 65打点 6盗塁(.857) 打球方向別安打数 左 単打23 二塁打7 三塁打1 本塁打0中 単打34 二塁打7 三塁打0 本塁打0右 単打41 二塁打16 三塁打1 本塁打9内野安打9 チャンスF .248

立浪和義 (2000) 【パワプロ2018】

通算1500安打を記録、4年ぶりに打率3割に到達 2000年成績 .303(436-132) 9本 58打点 5盗塁(1.00) 16犠打 打球方向別安打数 左 単打18 二塁打11 三塁打2 本塁打0中 単打34 二塁打2 三塁打1 本塁打0右 単打28 二塁打17 三塁打0 本塁打9内野安打10 チャンスC .…

立浪和義 (1999) 【パワプロ2018】

チーム最多の勝利打点を記録し、チームの優勝に貢献 選手会長に就任。李鍾範と入れ替わるように内野手に復帰し開幕戦で「5番・二塁手」で先発出場、6回裏にネイサン・ミンチーからバットを折りながらもライト前に勝利打点となるタイムリーを放った。開幕戦で…

立浪和義 (1998) 【パワプロ2018】

レフトコンバート 内野のポジションに久慈照嘉と李鍾範が加入したこともあり左翼手に転向。ナゴヤドームで第1戦が開催された同年のオールスターゲームに松井、新人の高橋由伸と共に外野手部門でファン投票選出された。 1998年成績 .272(504-137) 8本 43打点 …

立浪和義 (1997) 【パワプロ2018】

ナゴヤドーム元年。人工芝に苦しむもサイクルヒット達成 開幕戦の対横浜戦で盛田幸妃から初回先頭打者本塁打を放ち、ナゴヤドーム初の公式戦で同球場第1号本塁打となる。8月22日の対阪神戦ではサイクル安打を達成。しかしシーズンを通しては不調に終わった。…

立浪和義 (1996) 【パワプロ2018】

自己最高打率を記録し、初のベストナイン受賞 オールスターゲームに二塁手部門でファン投票選出。自己最高の.323の打率を残すが、チームメイトのアロンゾ・パウエルや辻発彦との打率争いに敗れ(リーグ3位)、首位打者獲得はならなかった。この年、自身初の…

立浪和義 (1995) 【パワプロ2018】

セカンド部門で初のゴールデン・グラブ賞を受賞。 1995年成績 .301(489-147) 11本 53打点 10盗塁(.476) 守備率.989 ゴールデン・グラブ賞 サヨナラ男 6月11日と9月6日にサヨナラホームラン2本。 固め打ち 猛打賞16回 打球方向別安打数左 単打30 二塁打10 三…

立浪和義 (1994) 【パワプロ2018】

712回連続守備機会無失策記録 6月11日の対巨人戦で松井秀喜の放った強烈な打球を弾いて失策を記録、無失策記録は712回で止まったが監督の高木守道及びコーチの徳武定祐が現役時代に記録した数字を上回るものだった(この記録は後に関本賢太郎に破られる)。1…

立浪和義 (1993) 【パワプロ2018】

自己最多の16本塁打を放ち、シーズン守備機会連続無失策記録を更新 6月11日からシーズン守備機会連続無失策を続け、それまでの記録を更新。シーズン守備率.997を残し、記録を継続したままシーズンを終える。このシーズンはキャリアハイの16本塁打を記録した…

立浪和義 (1992) 【パワプロ2018】

二塁手に転向。しかし怪我に苦しむ1年に この年就任した高木守道監督に自ら志願し、二塁手に転向。キャンプで右の前腕を痛め、そのまま4月4日の開幕戦に出場。試合後、右腕をアイシングしたところ必要以上に腕を氷水に漬けてしまい、その結果人差し指が凍傷…

井上登 (1954) 【パワプロ2018】

「花の28年組」の代表。シュート打ちの名人・井上登 岡崎高校卒業後、1953年に名古屋ドラゴンズへ入団。球団名が「中日ドラゴンズ」になった1954年からレギュラーに定着し、俊足・巧打の二塁手として同年のリーグ優勝・日本一に貢献。シュート打ちの名手であ…

森下 正弘 (1954) 【パワプロ2018】

1952年に南海へ入団。「百万ドルの内野陣」のうち、飯田徳治・蔭山和夫・木塚忠助らがまだ現役だったが、二塁手・三塁手・遊撃手などをこなせるユーティリティープレイヤーだったこともあり、1年目から一軍で起用される。1953年には主に遊撃手として46試合に…

千葉 茂 (1954) 【パワプロ2018】

「猛牛」千葉茂二塁手です。 1954年成績 .252(433-109) 7本 48打点

箱田 弘志 (1954) 【パワプロ2018】

入団3年間は投手として61試合に登板し、4勝10敗。選手不足から毎年内野手としても数試合出場した。1953年は投手として30試合に登板した以外に、内野手と代打でも36試合に出場し、打率.272(92打数25安打)。 4年目の1954年から自ら監督に申し出て打者に専念…