青竹龍尾

パワプロ2018でOB選手を作ってます。

中日ドラゴンズ

石川克彦 (1954) 【パワプロ2018】

アウトローへの制球は天下一品。21勝で初優勝に貢献 岡崎高校ではエースとして活躍。1951年夏の甲子園県予選では準々決勝で時習館高に敗退、甲子園には出場できなかった。高校同期に小沢重光、1年下に井上登がおり、いずれもプロ野球で同僚となる。 1952年に…

郭源治 (1988) 【パワプロ2018】

44セーブポイントを挙げ、MVPに選出 6月には1勝8セーブ、防御率0.00の活躍で初の月間MVPを獲得している。一方、7月21日に弟が交通事故にあい、オールスターゲーム第2、3戦の出場を辞退して見舞ったが同28日に亡くなっている。後半戦の開幕戦となった翌日、完…

山本昌広 (1988) 【パワプロ2018】

スクリューを習得し、優勝に貢献 皆さんご存知山本昌の若かりしです。(このときはまだ山本昌ではないが)この年はわずか1ヶ月で初勝利を含む5勝を記録して優勝に貢献。22年後にも似たようなことをするのですがそれは別の話。 1988年成績 防御率0.55 5勝0敗 …

宇野勝 (1988) 【パワプロ2018】

立浪入団で「二塁」宇野勝 1988年に立浪和義が入団すると前年のベストナインでありながら遊撃のポジションを立浪に譲り、ロッテに移籍するまで二塁手、三塁手としての出場が多くなった。同年の西武との日本シリーズでは全5試合に二塁手、五番打者として出場…

立浪和義 (2009) 【パワプロ2018】

引退試合で猛打賞。有終の美を飾る 前年オフに引退を示唆したことで開幕前から注目を集めた。40歳という年齢もあり守備に就くことは後述する本拠地最終戦までなかったが、代打でチームに貢献した。4月24日の対巨人戦では豊田清から同点本塁打を放ちチームの…

立浪和義 (2008) 【パワプロ2018】

開幕から不振でプロ入り後最低の成績 2008年成績 .205(73-15) 1本 10打点 打球方向別安打数左 単打1 二塁打3 三塁打0 本塁打0中 単打4 二塁打0 三塁打0 本塁打0右 単打2 二塁打1 三塁打0 本塁打1内野安打3 チャンスF .114 対左投手C .235

立浪和義 (2007) 【パワプロ2018】

代打の切り札として活躍 代打としての年間最多出場記録を樹立し、歴代2位の代打打点27を記録。 2007年成績 .275(109-30) 2本 31打点 打球方向別安打数左 単打11 二塁打1 三塁打0 本塁打0中 単打6 二塁打0 三塁打0 本塁打0右 単打8 二塁打1 三塁打1 本塁打2内…

立浪和義 (2006) 【パワプロ2018】

2年ぶりのリーグ優勝に貢献も、シーズン途中から代打が多くなる 三塁手の座を森野将彦と争っていたが、その森野の故障によりシーズン前半は三塁手として先発出場をする。4月7日の対巨人戦で上原浩治からサヨナラ満塁本塁打を放つなど2年ぶりのリーグ優勝に貢…

立浪和義 (2005) 【パワプロ2018】

髙木守道の球団記録、2274本安打を更新 2005年成績 .253(501-127) 9本 56打点 打球方向別安打数左 単打26 二塁打13 三塁打1 本塁打0中 単打32 二塁打1 三塁打0 本塁打0右 単打29 二塁打11 三塁打0 本塁打9内野安打5 満塁男 .500(8-4) 0本 併殺 15 背番号が間…

立浪和義 (2004) 【パワプロ2018】

チームを5年ぶりのリーグ優勝に導き2度目のベストナイン 開幕から3番・三塁手を務めた。この年は5月と6月に月間MVPを獲得し、チームを5年ぶりのリーグ優勝に導き自信2度目、三塁手では初のベストナインに選出される。この年は古田敦也とともに一時首位打者争…

立浪和義 (2003) 【パワプロ2018】

日本プロ野球史上30人目となる通算2000本安打を達成 シーズン当初は3番打者を任されたが、この年も途中から4番打者を任される。7月5日の対巨人戦(東京ドーム)で、PL学園の先輩である清原和博の前で猛打賞を記録し、8回表に林昌範から右前安打を放ち日本プ…

立浪和義 (2002) 【パワプロ2018】

4番・立浪 7月7日に初の4番でスタメン出場。このシーズン64試合に4番を努め、チーム最多、自己最高の92打点を記録し、自己最多タイとなる16本塁打も記録。 2002年成績 .302(506-153) 16本 92打点 打球方向別安打数 左 単打24 二塁打14 三塁打0 本塁打2中…

立浪和義 (2001) 【パワプロ2018】

シーズン終盤より三塁手としての出場が多くなる 2001年成績 .292(507-148) 9本 65打点 6盗塁(.857) 打球方向別安打数 左 単打23 二塁打7 三塁打1 本塁打0中 単打34 二塁打7 三塁打0 本塁打0右 単打41 二塁打16 三塁打1 本塁打9内野安打9 チャンスF .248

立浪和義 (2000) 【パワプロ2018】

通算1500安打を記録、4年ぶりに打率3割に到達 2000年成績 .303(436-132) 9本 58打点 5盗塁(1.00) 16犠打 打球方向別安打数 左 単打18 二塁打11 三塁打2 本塁打0中 単打34 二塁打2 三塁打1 本塁打0右 単打28 二塁打17 三塁打0 本塁打9内野安打10 チャンスC .…

立浪和義 (1999) 【パワプロ2018】

チーム最多の勝利打点を記録し、チームの優勝に貢献 選手会長に就任。李鍾範と入れ替わるように内野手に復帰し開幕戦で「5番・二塁手」で先発出場、6回裏にネイサン・ミンチーからバットを折りながらもライト前に勝利打点となるタイムリーを放った。開幕戦で…

立浪和義 (1998) 【パワプロ2018】

レフトコンバート 内野のポジションに久慈照嘉と李鍾範が加入したこともあり左翼手に転向。ナゴヤドームで第1戦が開催された同年のオールスターゲームに松井、新人の高橋由伸と共に外野手部門でファン投票選出された。 1998年成績 .272(504-137) 8本 43打点 …

立浪和義 (1997) 【パワプロ2018】

ナゴヤドーム元年。人工芝に苦しむもサイクルヒット達成 開幕戦の対横浜戦で盛田幸妃から初回先頭打者本塁打を放ち、ナゴヤドーム初の公式戦で同球場第1号本塁打となる。8月22日の対阪神戦ではサイクル安打を達成。しかしシーズンを通しては不調に終わった。…

立浪和義 (1996) 【パワプロ2018】

自己最高打率を記録し、初のベストナイン受賞 オールスターゲームに二塁手部門でファン投票選出。自己最高の.323の打率を残すが、チームメイトのアロンゾ・パウエルや辻発彦との打率争いに敗れ(リーグ3位)、首位打者獲得はならなかった。この年、自身初の…

立浪和義 (1995) 【パワプロ2018】

セカンド部門で初のゴールデン・グラブ賞を受賞。 1995年成績 .301(489-147) 11本 53打点 10盗塁(.476) 守備率.989 ゴールデン・グラブ賞 サヨナラ男 6月11日と9月6日にサヨナラホームラン2本。 固め打ち 猛打賞16回 打球方向別安打数左 単打30 二塁打10 三…

立浪和義 (1994) 【パワプロ2018】

712回連続守備機会無失策記録 6月11日の対巨人戦で松井秀喜の放った強烈な打球を弾いて失策を記録、無失策記録は712回で止まったが監督の高木守道及びコーチの徳武定祐が現役時代に記録した数字を上回るものだった(この記録は後に関本賢太郎に破られる)。1…

立浪和義 (1993) 【パワプロ2018】

自己最多の16本塁打を放ち、シーズン守備機会連続無失策記録を更新 6月11日からシーズン守備機会連続無失策を続け、それまでの記録を更新。シーズン守備率.997を残し、記録を継続したままシーズンを終える。このシーズンはキャリアハイの16本塁打を記録した…

立浪和義 (1992) 【パワプロ2018】

二塁手に転向。しかし怪我に苦しむ1年に この年就任した高木守道監督に自ら志願し、二塁手に転向。キャンプで右の前腕を痛め、そのまま4月4日の開幕戦に出場。試合後、右腕をアイシングしたところ必要以上に腕を氷水に漬けてしまい、その結果人差し指が凍傷…

牧野茂 (1954) 【パワプロ2018】

マンツーマンで天知野球を勉強。「名参謀」の基礎をつくった牧野茂 1951年に中日ドラゴンズに入団。華麗な守備を見せる遊撃手として活躍し1954年のリーグ優勝及び、初の日本一に大きく貢献した。1959年限りで引退。1960年に中日のコーチに就任。開幕戦直前の…

立浪和義 (1991) 【パワプロ2018】

プロ4年目で初の全試合出場を果たす オールスターゲームに自身初の監督推薦で出場するなど活躍。前年より成績は落とすも、131試合に出場し、初の全試合出場を果たす。(130試合制ではあったが、引き分けは再試合することになっていた)また得点はリーグ1位…

井上登 (1954) 【パワプロ2018】

「花の28年組」の代表。シュート打ちの名人・井上登 岡崎高校卒業後、1953年に名古屋ドラゴンズへ入団。球団名が「中日ドラゴンズ」になった1954年からレギュラーに定着し、俊足・巧打の二塁手として同年のリーグ優勝・日本一に貢献。シュート打ちの名手であ…

立浪和義 (1990) 【パワプロ2018】

怪我から復活。規定三割を達成し、大きな自信に 1990年は痛み止めを飲み続けながら試合に出続け、遊撃手のポジションで128試合に出場。復活を遂げ主にリードオフマンとして活躍し、同年シーズン打率.303、155安打を残す。開幕戦に本塁打を放ったことが不安を…

野口明 (1954) 【パワプロ2018】

グラウンドの先生、杉下茂にピッチングのすべてをたたき込んだ野口明 アマチュア、プロの両方の公式野球で延長試合の最長を記録した試合に出場した唯一の野球選手である。 戦前は本職は捕手ながら人員不足から主に投手として活躍した後、兵役で肩を壊したた…

立浪和義 (1989) 【パワプロ2018】

ケガに苦しんだ二年目も、最後に光明 二年目は前年春に痛めた右肩の故障の影響で開幕を二軍で迎え、結局シーズン30試合出場にとどまる。星野の意向により一度は手術が決定し8月に渡米するが、診察したフランク・ジョーブは手術を見送り、「肩のまわりの筋肉…

立浪和義 (1988) 【パワプロ2018】

高卒野手最後の新人王、唯一のゴールデン・グラブ賞 今日から22日間、2代目「ミスタードラゴンズ」立浪和義選手の、ルーキーイヤーの1988年から引退した2009年までの22年分を公開します。 現時点でセリーグでは最後の高卒野手での開幕戦先発出場を果たし、同…

原田徳光 (1954) 【パワプロ2018】

千葉茂を怒らせた守備の名手。球団初のサイクル男原田徳光 中京商業学校から明治大学、社会人野球の東洋産業を経て、1948年中日ドラゴンズへ入団。 1年目から主力選手として活躍。3年目には初の打率3割到達。1953年8月17日の巨人戦で中日選手初のサイクルヒ…