青竹龍尾〜パワプロ選手館〜

パワプロで選手を作ってます。

テッド・ウィリアムズ (1941) 【パワプロ2018】

最後の4割打者

www.baseball-reference.com

MLB史上最高の左翼手とも称され、三冠王を2度獲得、通算出塁率.482はメジャー歴代1位。

1941年には打率4割の期待がかかり、シーズン最終日にフィラデルフィア・アスレチックスとのダブルヘッダーを残して打率.3995。打率は毛を四捨五入して厘の値までとなり、規定打数に達しており、この時点でも記録上は打率4割となるため、周囲からは欠場を勧められた。しかしウィリアムズはダブルヘッダーに出場。最初の打席で、球審のビル・マゴワンがホームプレートを掃きながら、「4割を達成したいなら、力を抜くんだぞ」と言ったという。ウィリアムズは同2試合で8打数6安打を記録し、打率4割を6厘上回り、23歳1か月で、1911年にジョー・ジャクソンが打率4割を記録した24歳2か月という4割打者の最年少記録を塗り替え、首位打者本塁打王のタイトルを獲得した。これ以降、メジャーで打率4割を記録した者はいないため、最年少記録を出した選手が最後の打率4割達成者となっている。また、試合に出場した理由として、四捨五入で4割となるため実際は4割ではなかったと言われるのが嫌だったと語っている。同年シーズンは打点が120で、あと5打点稼いでいれば125打点のジョー・ディマジオに並び三冠王だった。

 

1941年

.406 37本 120打点 147四球 OBP.553 SLG.735 OPS1.287

首位打者 本塁打王

 

f:id:Harumaki_0924:20190913213626j:plain

f:id:Harumaki_0924:20190913213631j:plain

f:id:Harumaki_0924:20190913213653j:plain

 

走力 盗塁E 走塁C

「俊足」に恵まれなかったようだが、若い頃は39年40年に11、14と2桁三塁打を記録しているのでそれなりだったと思う。映像でもスピード感のある走塁やスライディングを見せている。

盗塁は企図は少ないが成功率が低いのと走力を上げたので下げ、走塁は前述の通り三塁打が多い年もあるが、41年は三塁打3本しか記録していないので間を取った。

対左投手E

意外に通算でも苦手にしている。

送球C

時代もあるが毎年のように2桁補殺を記録。

プルヒッター

クリーブランド・インディアンスの監督ルー・ブードローは、内野手を右に寄せるブードローシフトと呼ばれる作戦をあみ出した。この作戦は、後年に日本プロ野球王貞治に対して組まれた王シフトの原型となった。

固め打ち

4安打3試合、3安打12試合。

初球◯

「特に第一ストライクを狙う事が強打者になる第一の秘訣。と言うのはストライクを逃せば、それだけ打者に不利なカウントになる。そうすると投手も思い切ってドンドン投げてくる。こんな簡単な事が分からない打者が今の野球には多過ぎるんじゃないかな。第一ストライクを打つ打者が沢山いるチームは必ず好成績をおさめる。また、それこそがプロ野球だ」と述べている。