有働克也

かつての横浜の開幕投手。昨年ウエスタン最多勝で、この年もチーム唯一の規定到達も一軍出場なく、戦力外通告を受け、台湾に移籍。二軍で防御率4.01、奪三振率4.72、与四球率3.52、被本塁打率1.00といいところがなかった。
矢口哲朗

川上憲伸のような肘使いの新人投手。スライダーのキレも抜群。体作りのため登板が少なく、成績も芳しくなかったが素質は十分。打撃も優れる。イケメンとしても有名。
宮越徹

1年目は右肩痛で登板がなかったが、それも完治し順調に登板を増やしている。右腕が鞭のようにしなり、フォームには独特の柔らかさがある。
川添将大

享栄高校出身、近藤スカウトの秘蔵っ子。一年目は体作りのため二軍でも登板がなかった。変化球は選手名鑑にナックルを投げるとあったがそれ以外は不明。球速も143キロは高校時代のもので、現実ではフォームを崩していて130キロしかでず翌年サイドスローに転向しているが、それだと面白くないと思ったので。
呂建剛

中国人初のプロ野球選手。支配下登録1年目のこの年はケガもあり登板は1試合のみに終わった。MAX150キロだがあまりノビがないらしい。長年中国代表のエースとして活躍した。リリース〇は後のアジアシリーズでの中日戦での投球について「呂建剛はフォームが安定している。だからカーブもよくまがるし、なによりリリースまでは球種を読まれない。」と書かれていたことから。
日笠雅人

左打者に対して強くタフな左腕。この年はぎっくり腰での離脱もあり一軍登板がなく、二軍でも低調な成績に終わった。
遠藤政隆

大洋のエースであったあの遠藤一彦の従弟。速球とスライダー、フォークの威力は十分で96,97年には2年連続40登板をした。しかしこの年はキャンプで右肘を痛め、一軍登板わずか1試合と悔しいシーズンとなった。
島崎毅

元祖ホールド王。一軍では登板機会に恵まれず、成績も振るわなかったが、二軍では守護神として44試合投げて防御率1.37と活躍。1試合だけ先発もした。
パームのイメージがあるが、プロ野球データファイルではシンカー、遅いシンカー、スプリットのようなフォークの三種だけとなっていた謎。
小山伸一郎

チーム1の速球派。ストレートは一軍でも通用するが、課題は制球と変化球。
小笠原孝

星野仙一や川上憲伸と同じ明治大学出身の新人左腕。二軍で好成績も高橋由伸に満塁ホームランを打たれるなど一軍では結果を残せなかった。球速以上に力があるが制球に課題。
井手元健一朗

高校時代四日市工業のエースとして松商学園の上田佳範と延長16回の壮絶な投げ合いを展開したことで有名な変則サウスポー。故障がちであり、また球速がなく変化球に頼った投球なためかあまり活躍できず。
東瀬耕太郎

大洋、広島、ロッテと渡り歩いてきた左のワンポイント投手。翌年は近鉄に移籍し通算5球団在籍のジャーニーマン。
佐藤康幸

6月に椎間板ヘルニアになり一軍登板がなく、契約更改も年明けまで遅れた。
金森隆浩

1997年に戦力外通告を受け前年は台湾でプレー。2年ぶりの復帰となったシーズンだったが一軍登板はなく再び戦力外通告を受け引退。