青竹龍尾

パワプロ2018でOB選手を作ってます。

高橋ユニオンズ

高橋(トンボ)ユニオンズ 【パワプロ2018】

最弱球団 1954年からわずか三年間、パ・リーグの一員として存在した「高橋ユニオンズ」。1957年に「大映スターズ」に吸収合併されて消滅した”幻の球団”にして、通算勝率わずか.344という”最弱球団”だ。(『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』裏表紙より) 登録…

ビクトル・スタルヒン (1955) 【パワプロ2018】

前人未踏の300勝 通算294勝で迎えた1955年。好投すれどもなかなか勝ちが付かなかったが、9月4日に完投勝利で300勝を達成した。 詳しくは『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』を読もう! 1955年成績 防御率3.88 7勝21敗 56奪三振 196.2投球回 .252(111-28) 0本 …

伊藤四郎 (1956) 【パワプロ2018】

四日市商業高校を卒業後、1951年に名古屋ドラゴンズに入団。名古屋(中日)では目立った活躍はできず、1955年にトンボユニオンズに移籍した。1956年、突如として大ブレイク。それまで通算3勝であったにもかかわらず、先発・リリーフにフル回転で21勝を挙げる…

佐々木信也 (1956) 【パワプロ2018】

プロ野球ニュース 湘南高校で夏の第31回全国高等学校野球選手権大会に1年生ながら出場し優勝。関東圏の高校が優勝したのは第2回大会の慶應普通部以来33年ぶりで、「深紅の優勝旗が箱根の山を越えた」と話題になった。監督の佐々木久男は彼の父親であった。後…

ドン・ブッサン (1955) 【パワプロ2018】

1955年前年帰国したジミー・マケーブの穴を埋めるために高橋ユニオンズ(トンボ)へ入団。 これは本人自らの強引な売り込みによるものだった。当初は3番を期待された。しかしあまりの確実性のなさから打率が低迷した。また、高橋が弱小球団と言うのもあった…

ジミー・マケーブ (1954) 【パワプロ2018】

1954年にサル・レッカと共に高橋ユニオンズに入団。 大型内野手として期待され、4番ショートに据えられたが、これが全然。ショートの守備は、ポロポロしていて、とても見られたザマではなかったらしい。肝心のバッティングもまるでダメで、打率は2割そこそ…

ジム・ドゥール (1954) 【パワプロ2018】

この年創設された新球団高橋ユニオンズに入団。7月18日の東映フライヤーズ戦で初勝利。3勝のうち2勝を完封で飾る活躍を見せるが、8月26日に"右肩痛"を理由として突然帰国。実際はドゥールの本職はハワイの学校の教員であり夏休みを利用した2カ月の短期契約で…

サル・レッカ (1954) 【パワプロ2018】

高橋ユニオンズの外国人捕手サル・レッカです。 メジャーリーグの経験は無いものの、1946年にはヤンキース傘下で3A級のニューアーク・ベアーズでプレーした。1954年にジミー・マケーブと共に高橋ユニオンズに入団。主にクリーンナップを任され、打率は低いな…